歴代受賞者

1987年(第3回)日本国際賞受賞者

生物改良分野
熱帯・亜熱帯向け稲多収穫品種「IR8」「IR36」等の育成

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ヘンリー・M・ビーチェル博士(米国)

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グルデブ・S・クッシュ博士(インド)

国際稲研究所 稲育種部 前部長
ファーム・オブ・テキサス・カンパニー顧問
1906-2006
国際稲研究所 稲育種部 部長
1935年生まれ
授賞理由

 生物の機能を改良して、これを利用する試みは人類が狩猟時代を脱して農耕時代に入る頃から行われて来たものと考えられるが、人類は長い歴史の間に動物を馴化したり、作物を改良することにより、衣食住をまかない、生活を豊にすることができた。そのための方法としては交配、選抜などが主体であったと思われるが、それに必要な知識を得るために、遺伝学が誕生を見たものと言っても過言でないと思う。

 遺伝学は1900年にメンデルの法則が再発見されて以来、近代科学として急速な発展をとげ、仮定の遺伝単位であった遺伝子が、DNAそのものであることをつきとめ、更にそこに記された遺伝暗号まで解読できるようになった。また生化学や分子生物学など関連諸科学の進歩に伴い、DNAを組換えることによって、生物機能を改良する方法さえ開発された。

 一方世界における人口の増加は幾何級数的であるが、食糧生産の方は算術級数的にしか増加できないという観点から、1970年にはローマクラブによって「人口増加や経済成長を適切に抑制しないと、地球と人類は環境汚染や食糧不足などによって、破局への途を辿ることになろう」という警告が出された位である。

 幸にして、それから16年たった昨年度においても48億人に膨れた全世界の人口を養えるだけの食糧を生産することができた。これは「緑の革命」と言われる小麦や米の飛躍的増産が可能になったお蔭で、全く品種改良の恩恵と言うことができるかと思う。小麦の方はさきにノーベル平和賞を受けられたN.E.Borlaug博士により、また米については今回の受賞者であるH.M.Beachell博士およびG.S.Khush博士により、この改良が実現されたものである。

 両博士のイネの品種改良の舞台となったのはフィリッピンにある国際イネ研究所である。この研究所は1960年にロックフェラー財団とフォード財団の協力によって設立されたもので、その目的は東南アジア住民の主食である米の増産を実現して民生の安定をはかり、ひいては全世界の食糧問題に貢献することであった。

 イネの研究は日本でも大変進んでいるが、残念なことに日本型のイネは東南アジアのような熱帯・亜熱帯の気候には適さない。このため熱帯・亜熱帯に適したインド型のイネを基本にして、品種改良を進める必要があった。研究所創立以来、日本はもちろん、世界中のイネ育種の専門家が集って、このための戦略を練ったと聞いている。この中心となって主導的役割を果したのが、ビーチェル博士であった。

 ビーチェル博士はアメリカ農務省テキサス作物研究所において永年イネの育種を担当され、数多くのすぐれた品種を育成して令名の高かった方だが、創立間もない国際イネ研究所の招請に応じて、1963年同所の育種部長に就任された。そして短稈性多収穫イネ品種の育成に努力された訳だが、1966年には従来の常識を破る画期的多収穫品種「IR8号」の育成に成功した。

 このイネは半矮性で、光合成効率の高い直立葉を持ち、倒伏し難く、また窒素肥料の吸収効率もすぐれていて、在来品種の2倍にも及ぶ収穫量をあげることのできるものだった。この品種の出現は当時停滞していたアジア太平洋地域の発展途上国における米の生産量を飛躍的に増加させる可能性を持つものだった。

 しかし「IR8号」は栽培条件の良い場合には多収であったが、病気や害虫に対する耐性にかけ、また各種の不良土壌に対する適応性も乏しく、さらに品質、食味においても改良を必要とする等、幾つかの問題点を持っていた。

 ビーチェル博士の後継者であるクッシュ博士は熱帯・亜熱帯地域における米の生産を安定させるためには、不良環境、すなわち病害、虫害、不良土壌等の諸条件に対して抵抗性を持たせることが、最も重要であることを認識して、それぞれの要因に対する抵抗性遺伝子をさがし求める研究から出発した。そのためには国際イネ研究所が世界中から集めた6万点にも及ぶ膨大な数のイネの遺伝資源保存株の中から、大規模なスクリーニング実験により抵抗性遺伝子を選び出した。そしてそれらを「IR8号」系統につぎつぎに導入して行く方法をとった。その結果合成されたのが「IR36号」である。

 この品種は早生で、多収で、耐病性や耐虫性を持ち、また各種の不良土壌に対する適正にもすぐれていた。それでフィリッピンをはじめ、ベトナム、インドネシア、インド、マレイシア、カンボジヤ、ラオス、バングラデッシュ、及びスリランカ等の熱帯・亜熱帯諸国に急速に拡まり、現在栽培面積は1,100万haに達している。1974年に世界食糧会議が開催されたが,この会議ではこれらの地域では食料不足が到来するとして憂慮されたものだったが、10数年後の今日、事情が一変して、この不安が解消されている。この事を見てもビーチェル、クッシュ博士等の功績が如何に大きかったかを窺い知ることができるかと思う。

 以上のような理由で両博士に日本国際賞を贈り、長くその功績をたたえる事と致した次第である。

 

Japan Prize歴代受賞者による社会貢献

受賞者

Japan Prize 30年の歩み

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