歴代受賞者

1991年(第7回)日本国際賞受賞者

医用画像技術分野
超音波画像医学の開発

 

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ジョン・ジュリアン・ワイルド博士(米国)

ミネアポリス医理学研究所所長
1914-2009
授賞理由

 今日超音波の医学に関する応用は広範にわたり、さまざまの臨床医学分野でひろく利用され人類の福祉に大きく貢献しつつある。そのうち画像医学に関する応用についてはX線CT、MRIと並んで重用され、とくに真の非侵襲的な技術として認められている。

 超音波の医学的応用が試みられたのは、終戦後間もなくである。これは超音波探索技術が戦時中いわゆる対潜水艦探索技術として航空機のレーダーによる探索とならんで高度の軍用機密とされ、医学にこれを応用することは困難であったことによる。

 ワイルド博士は1914年英国に生まれ、ケンブリッジ大学自然科学部を優秀な成績で卒業後、医学過程に進み、医学士として卒業し、続いて同大学で外科医の道に進まれた。

 第2次世界大戦終了後の1946年渡米し、ミネソタ大学医学部外科学教室において臨床修練を積むと同時に、1946年より1949年までそれぞれマリオンオードリー基金フェロー、National Institute of Health(NIH)のフェローとして超音波の研究を開始している。その後ミネソタ大学理工学研究所において臨床医学研究の道に進み、さらに1953年よりミネソタ州ミネアポリス市バーナバス病院医工学研究所主任として超音波医学に関する研究を行った。

 1949年まず超音波A-mode装置を試作、これにより世界ではじめて超音波計測法による腸管の壁の厚さの計測に成功し、軟部組織の解析に超音波を使用する道を開いた。この超音波生体計測の研究は1950年Surgery誌に報告され、超音波生体計測の世界最初の報告として広く認められている。引き続き胃癌、大腸癌の組織内よりの超音波異常エコーの研究に取り組み、1949年明らかに異常な超音波エコーシグナルが癌組織より得られることを突き止め、超音波の癌診断に関する研究の糸口を開いた。この成績は1951年Lancet誌上に報告されている。またこれに平行してヒト脳組織よりも超音波エコーを証明し、さらに脳腫瘍よりの異常エコーの同定に成功し、1950年Cancer誌上に報告し、1951年には世界で初めて手術中の脳腫瘍患者の脳内の腫瘍の証明に成功している。また同年氏は実験動物における脳腫瘍の検出同定に成功し、神経外科学会誌に報告、これが超音波探傷法の脳外科領域に対する最初の応用知見として高く評価されている。

 とくに氏の研究でその先見性が高く評価されるのは、組織内の癌など微細な変化の追求に超音波が利用可能であることを証明したこと、さらに微細な癌を検出するためにきわめて高周波の超音波の使用が必須であることを主張したことで、研究にも15MHzというきわめて高周波の超音波が使用されている。これに関連してワイルド博士が当時まだほとんど試みられていなかったB-mode法装置を自作し、婦人の乳嘴より直径僅か7mmの乳癌を証明し報告したことはあまりにも有名である。その後約40年を経た現在改めて高周波による生体の映像化が取り上げられている。また1956年には体腔内走査法用の装置を世界で初めて試作し、今日の超音波内視鏡、体腔内走査法に先鞭を付けている。さらにこれら診断的な応用のほかに超音波の生体作用というきわめて今日的な課題にも注目し、検討、報告を行っている。

 このようにワイルド博士の初期の研究は、以後の多くの超音波の医学的な応用に関する研究を触発し、超音波医学の発展の原動力となっただけでなく、今日製作され利用されている超音波診断装置の多くのものは、すでに当時彼が試作したものか、あるいはその可能性につき予言したものであったという点がなによりも雄弁にその偉大さを物語るものといえる。その後氏は独自に研究所を開設し、現在なおその所長として活躍中である。またその優れた功績により北米超音波医学会、日本超音波医学会よりそれぞれ表彰を受けている。

Japan Prize歴代受賞者による社会貢献

受賞者

Japan Prize 30年の歩み

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