歴代受賞者

2009年(第25回)日本国際賞受賞者

『自然と共生する持続可能な技術社会形成』分野
「成長の限界」報告を基盤とする持続可能な社会形成への貢献

 

ニューハンプシャ―大学名誉教授
インタラクティブラーニング研究所代表
1942年生まれ

授賞理由

 デニス・メドウズ博士は、1972年発表のローマクラブへの報告「成長の限界」のプロジェクトリーダーを務め、「ワールド3」と呼ばれるシステムシミュレーションモデルを用い、資源・環境・土地などの地球の物理的容量の制約にもとづく要因が人口と経済の拡大との相克により放置すれば社会が危機的状況にいたること、これを抑制するために出来るだけ早く人口と物資消費のゼロ成長を実現することを提唱して、第二次大戦後成長を続けてきた世界に大きな衝撃を与えた。

 この報告書は、ゼロ成長論を提案して世界に大きな議論を巻き起こしたが、地球社会が持続的発展への解決策を早急に必要としていると強く警鐘を鳴らし、世界にこの問題への関心を喚起した意義は極めて大きい。メドウズ博士はその後も一貫して物質的拡大の原因と有限の地球上にもたらす問題に取り組み、高名な環境研究ネットワークであるバラトングループを創始している。また、持続可能な開発をテーマにした教育的ゲーム及び著作を数多く発表し、現在広く世界各地で使われている。

 また、故ドネラ夫人及びJ.ランダース博士と共著で1992年、2004年の2回に亘り「成長の限界」の続編ともいうべき報告書を出版し、改良したモデルを用いて、「成長の限界」で警告した地球の物理的容量に基づく諸制約要因が更に厳しくなり、問題を解決するための時間的な余裕が一層少なくなっていることを指摘、人類が少しでも早く対応策を打つ必要があることを主張した。

 これら一連の報告書、特に最初の「成長の限界」は、地球の物理的容量と人類の発展の相克の問題を明確かつ論理的な形で示し、人類が持続可能な社会への努力を始める端緒を開いた。 米国大統領諮問委員会報告として1980年に発表された有名な「Global 2000」報告も、この「成長の限界」が大きな基盤になっている。また、持続可能な発展の概念を確立した「我ら共通の未来(Our Common Future)」報告(1987年)で有名な国連の環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)はこの「成長の限界」と「Global 2000」に刺激された当時の日本の環境庁長官直属の地球的規模の環境問題に関する懇談会からの提案により設立された。その意味でメドウズ博士らの「成長の限界」は持続可能な発展への人類の動きの起爆剤となったということが出来る。

 この「成長の限界」に基盤をおくメドウズ博士が、30数年前から終始一貫して持続可能な社会の形成への努力をモデル分析を通じて強く要請し、全世界へ大きなインパクトを与え続けていることは高く評価出来、博士は「自然と共生する持続可能な技術社会形成」への貢献を称える2009年日本国際賞にふさわしいと考える。

Japan Prize歴代受賞者による社会貢献

受賞者

Japan Prize 30年の歩み

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