ストックホルム国際青年科学セミナー

2018年派遣学生

伊津野 舞佳
慶應義塾大学 医学部
 

SIYSS 2018レポート

「このプログラムに参加して何を学んだか」という質問は、帰国してから聞いていただく機会が多く、自分でも財団内外での報告会への準備や、もちろんこのレポート執筆を行う上でも、幾度となく考えてきた。これだけ幸運な経験を頂いたのだから当然である。正直な思いを打ち明ければ、この質問への答えを用意する作業が、選抜していただいて以来最も難しく、悩ましいことだと感じる。それだけこのプログラムからは大きなものを頂いた、と解釈でき大変有難いことであるが、この「難しさ」の理由を分析する視点から、学びをまとめてみようと思う。

まず一つ目に、ひとことには凝縮できないほど多くのことを学んだということがある。ストックホルム滞在期間は1週間であったが、選んで頂いてからの準備期間や帰国後の心境の変化などを加味すれば、語り尽くせない想いがある。また、1週間のみのSIYSSウィークでも、世界中からの参加者25人や現地の運営団体スタッフ、そしてノーベル賞受賞者といった方々に出会うなかで、毎日新しいものに触れて充実した日々を過ごした。プログラムのなかではノーベル賞の式典への参加が注目されることが多いが、実際には、人との出会い、そして各々が持っている「ストーリー」からたくさんの学びがあったと感じる。

なかでも、同世代の研究者である参加者や、運営ボランティア(彼らの多くは、スウェーデンや近隣国の大学で理系を専攻し、私たちと同じく研究や勉強に励んでいる学生であった)、そしてセミナー参加者である現地高校生との交流は特に意義深いものであった。

SIYSS 2018 参加者25人と、運営メンバーと。 ノーベル・デイに撮影

例えば、運営メンバーは寝る間も惜しんでプログラムを運営してくれる一方、合間の時間を使って課題などに取り組む姿も見かけた。学習への努力に刺激を受けると同時に、彼らが仕事を成し遂げる様子を間近でみた経験から、同じ学生として私にも、そして私にしかできないことがあるのではないかと強く感じた。この学びは、私が帰国後、中高生に対して講演を行う動機となった。

この派遣のメインプログラムであったセミナーでの学びについても記述したい。これは、現地の高校生が数百人単位で出入りするという大きなイベントであった。私たち25人の参加者は、順番にステージで自身の研究に関するプレゼンテーションをする傍ら、空き時間にポスター発表を行っていた。このポスター発表は、実際に高校生と会話しながら自らの研究について紹介する機会となった。私は日頃、認知症の研究のため日本発の技術であるiPS細胞を使用しており、これは予想以上にスウェーデンでの知名度が低かった一方、発表のなかで最も興味を持ってもらえる部分となった。高校生が積極的に質問や感想を言ってくれたことで、反応を見ながら話せただけでなく、私自身も物事を伝える際の軸、コツを学んでいった。また、「医学研究をしてみたい、病態の解明に携わってみたい」などと言ってくれる高校生も多く、医学や医学研究に対する純粋な興味にも励まされた。この経験から、誰かにメッセージを伝えたいときには、一方的に話すのではなく、対話の中で行うべきであると感じた。これは、帰国後講演の機会に生かし、心がけている。

ノーベル化学賞受賞者であるFrances Arnold氏は、「良い先生」の素質として、「生徒に、正しい質問を聞くツールを与える人であること」を挙げた。このように、対話をするにあたって、良い質問を聞くことは非常に重要であると痛感し、そのための成長が必要だと感じた。これは、企業訪問などの際、私にとって新鮮な視点から質問をする他国からの参加者によっても受けた刺激であり、誰かの「ストーリー」を引き出すため、今後鍛えていきたい。

さらに、週後半のノーベル賞関連行事については、後述するノーベルレクチャーを除けば、授賞式がもっとも印象に残っている。音楽を主体として、各賞ごとに「ストーリー」を構成していることが式の華やかさを演出しており、他のどんな式典とも異なる特別なものであると感じた。式典自体は、受賞者ご本人のスピーチなどがなく、他の行事に比べれば象徴的な意味合いの強いイベントであった。しかし、袴姿で出席されたノーベル生理医学賞受賞者本庶佑先生をはじめ、長く地道な努力にスポットライトが当たる瞬間が、いかに美しいかを目の当たりにし、なんとも表現し難い大きな感動がこみ上げた。受賞者とは対照的に、研究生活のなかの早い段階でこの景色を見た私たちが、科学に対して貢献すべき責任は重大である。

二つ目の「難しさ」の要因は、伝えたいことを言葉で表現することは簡単でない、ということを実感したからである。

今回の派遣の前後では「日本代表としてノーベル賞の公式行事に参加した」という部分に注目して頂き、マスメディアによる取材対応や、様々な場面での講演など、一人の医学生である自分では得られなかった、多くの人へ自分の言葉を発信する機会を頂いた。私自身も、プログラムに参加できるのが毎年二人であるというチャンスの貴重さから、一人でも多くの人にこの経験を伝えるという使命を感じ、中高生から社会人まで、対象の異なる講演依頼に積極的に挑戦している。毎回、聞いてくださる方のニーズを考えながら内容を練っているが、言いたいことを適切に言語化することには慣れるどころか、回を重ねるごとにその難しさを実感する。時間を割いて話に耳を傾けていただけることに感謝し、なにかを持ち帰ってもらおうとメッセージを絞る故、以前にも増して発する言葉に責任を感じ、慎重に表現を選ぶことが増えた。SIYSSのセミナーでも感じたことであるが、このようにプレゼンテーションをすることによっては、発信すること以上に学ぶことの方が多く、毎回の機会を大切にしている。

ところで、SIYSSの参加者同士では、少しの移動時間や待ち時間をも惜しんで議論を交わした。なにかイベントを終える度、周りがすぐに感想や意見を言えることに驚き、またその意見の多様性からは、同じ経験をしてもその人のもつ「フィルター」を通すことによって、全く異なる体験となるのだと実感した。同時に、国際社会でコミュニケーションを取るためには、純粋な言語力よりも、自分の意見を言うテンポの速さと勇気がなにより大切だと感じた。積極的に意見を言う他国の参加者は、自身の「フィルター」を通した経験の自己消化が早く、かつその共有がとても上手なのである。

さらに、同じく参加者に関していえば、セミナーのステージ上で自身の研究を観客に伝えている姿も印象に残っている。研究内容も背景も動機も異なる参加者それぞれが舞台で輝いていた姿から、人には誰しも、語るべき「自分だけのストーリー」があるのだと感じた。また、熱意を持って伝えることがいかに観客に訴えかけるか、ということも知った。

因みに、このプレゼンテーションの準備段階においてみんなで苦戦したことは、持ち時間であるわずか5分間に、伝えるべきことをいかに凝縮できるかということであった。長くて数年の研究内容でもそれが難しい作業であったので、長く苦労を重ねてきたノーベル賞受賞者にとって、ノーベルレクチャーという短い時間にスピーチをまとめ上げる作業は困難であったと想像している。私が渡航前から最も期待していたイベントであったノーベルレクチャーにおいては、受賞者は自身の研究内容だけでなく、その分野の背景を丁寧に説明されていた。受賞者は、それぞれ「語るべきストーリー」を持っているという点で共通しているにも関わらず、プレゼンテーションスタイルは全く異なっていることを発見した。本庶先生は、過去の共同研究者の方々を写真付きで紹介されたうえ、過去の出会いに対し、「幸運にも」というフレーズを多用しながら感謝されていた。その謙虚な姿勢には、他国の参加者からも感動の声が聞かれ、スピーチにおいては内容のみならず、その話し方や伝え方、スタイルに、話し手の過去の経験や個性が反映されるのだと感じた。

「自身のストーリー」は、持っているだけでなく、それを自分なりの方法で周りに伝える必要があるのである。SIYSSは、自分から発信することについて見つめ直す機会でもあった。

SIYSS 2018 参加者25人と、セミナーのプレゼンテーションを行なった舞台上で。

三つ目の理由は、時間が経つにつれて感想が変化していくのを感じるからである。今日このレポートを書いても、明日には違うことを書きたくなるのではないか、というくらい不思議な感覚である。特に、「貴重な経験ができたからよかった」だけで終わらせてはいけない、という想いは帰国してから日に日に増すばかりである。

渡航が9月に決まってから、中国の著名な戦法書『孫子』の格言である「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」、を拡大解釈して準備を進めてきた。「彼」、つまり相手としてのスウェーデンという国やプレゼンテーション相手である高校生、そしてノーベル賞受賞者について最大限理解すると同時に、日本人、若手研究者としての「己」、つまり自分を見つめ直す作業を行なったのである。SIYSSに思いを巡らせていると、それでも準備が不十分であったと感じ、反省点や努力すべき点が次々と浮かぶと同時に、日々新しいことを発見し学ぶような体験も起こる。実際に、ここまで書いてきた考えのなかには、渡航前には予想もつかなかったことや、現地ですら気付けなかったことは多い。このように、あとから学びを得るという感覚から、今後、ライフステージの変化や環境の変化による「フィルター」の更新を経て、さらに得られる学びは増えていくのではないかと感じている。自身の取り組み次第で、7日間という時間の価値はいくらでも増幅できると信じている。

SIYSSの素晴らしさは、同じ経験をしながらも仲間からは多様な感想が聞かれたように、背景も教育環境も年齢も国籍も異なるメンバーが、ストックホルムで科学への情熱を共有した上で、それぞれの「フィルター」を通して消化した経験を持ち帰り、思い思いの方法で社会に還元できるという、その自由度にあると感じる。

個人的に考えてみれば、臨床医に強く憧れて医学を志した私にとって、大学のカリキュラムによる研究室配属を経験するまで「研究」自体が未知の領域であった。実際に研究に触れてみると、元々持っていた「広く、また未来の患者さんの治療にも貢献できる医師になりたい」という目標に、研究を通して少しでも近づけるかもしれない、という希望を感じていた。一方、来年度からは病院での臨床実習が始まる。このように、ちょうど進路の一つの分岐点のようなタイミングで貴重なチャンスを頂くことができたこの幸運を、どう生かすことができるのだろう。

今回私が得たことの中で最も意義のあることは、究極的に言えば、今後の長いサイエンティスト人生において、また何かを発信できるリーダーになれるよう成長していく段階の中で、早い時期に「真剣に物事を考える」きっかけと、考えるべき「課題」を頂いたことなのかもしれない。

ノーベル物理学賞受賞者であるDonna Strickland氏は、私の聞いた質問に対し、「性別はサイエンスに全く関係がない。それよりも私自身がスペシャルであること、それが評価されたことが幸せ」であると答えて下さった。彼女のようにスペシャルな存在になれる方法は、すぐには見つからないかもしれない。しかし、本庶先生にかけて頂いた言葉をお借りするなら、「最後に自分のことを決めるのは自分しかいない」のである。自分の考えや、その軸となる部分には、丁寧に向き合っていこうと思う。

ノーベル賞受賞者の姿が教えてくれたように、目の前のことに対して確実に取り組んでいれば来たる「幸運な」チャンスへの嗅覚を鋭くすること、そして得たチャンスのなかで結果を出すこと、これらを肝に銘じ、科学を究めようという決意は強まった。同じくノーベル賞受賞者のように、情熱を周りにも共有することは忘れず、研究や、ベッドサイドでの患者さんとの交流を含め、広い視野を持ったサイエンティストを目指していきたい。

最後になりましたが、この渡航にあたり大変お世話になりました財団の皆様をはじめ、SIYSS運営メンバー、素晴らしい24人の仲間、そして学内外で快く助けて下さったすべての皆様に、この場をお借りして感謝申し上げます。


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