やさしい科学技術セミナー

脳の迷信 ~脳科学研究現場から見たブームの落とし穴~

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藤田 一郎
大阪大学大学院生命機能研究科教授

骨子

1.日本は脳ブーム
   ・脳ブームの経緯と実態
   ・脳の研究者と脳ブーム
2.脳の迷信ケーススタディー
   ・脳トレ商品
   ・脳のサプリメント
3.脳科学者とメディア
   ・脳文化人、脳タレントの出現
4.脳科学と社会の健全な関係をめざして
   ・さしあたってどうするべきか
   ・問題の根底にあるもの

要旨

 数年来、日本においては、「脳ブーム」とも呼ぶべき現象が起きています。「脳」をタイトルに含む書籍が毎日、何冊も出版され、テレビ番組でも頻繁に脳に関する話題が取り扱われていることにお気づきでしょう。こうした脳ブームは、ある意味では、脳科学が社会に影響を与えるほどに成長した証拠であるので、脳を研究している私にとって、本来、嬉しいできごとのはずです。しかし、私が本屋に並ぶ脳関連の書物や脳に効くと称する商品を見て感じるのは、喜びではなく強い懸念です。それは、そのようなものの中に、脳に関する非科学的な情報が無数に盛り込まれ、「脳に関する迷信」・「神経神話」があふれているからです。


 「人間は右脳型人間と左脳型人間に分けることができる」「右脳の発達を促すことが創造的な仕事をする上で大事である」「女性の脳は地図を読むのに適していない」「脳は10%しか使われていない」「テレビゲームをやると前頭葉機能が低下し、それが感情をコントロールできない("切れる")子供たちの出現の原因になっている」「単純計算の繰り返しトレーニングで、脳の老化をふせいだり、コミュニケーション能力を上げることができる」など、多くの方が聞いたことがあるのではないでしょうか。そして、そのような迷信を利用した、まやかしや誇張や落とし穴を含む商品・出版物が、平然と販売され、世に出回っています。危惧すべきことに、迷信の一部は、今や教育、育児、障害児支援、高齢者介護の分野にも忍びこみつつあります。


 本講演において、私はまず、日本における脳ブーム発生の経緯と現状についてお話します。次に、脳トレ商品と脳のサプリメント食品についてとりあげ、これらの商品で謳われている効果が本当に期待できるのかどうかを、証拠と論理を持って検討します。また、時間が許せば、脳ブームの一翼を担っている「脳文化人」、「芸人」と呼ばれる人たちの活動の功罪を考えたいと思います。最後に、迷信にあふれた脳ブームに対して、私たちがどう対処すべきなのかを考えます。すぐに実行できることをいくつか提案しますが、それだけでは真の解決には至りません。大事なことは、「脳ブーム」の問題の根底に、他のニセ科学、ニセ療法・ニセ医薬品、ダイエット食品、カルト集団への盲信などと共通する、人間の持つ性癖や社会のしくみがあることを理解することだと思います。


 私は、視覚認識の脳内機構を、動物実験や人を対象とした心理実験、さらには理論モデルの構築などを介して解明しようとしている脳研究者です。脳ブームなど社会のできごとを解析する専門家ではありません。しかし、脳研究の現場にいる者にしか見えないものもあると信じて、私の意見を述べます。会場の皆さんとの活発な議論を通して、皆さんとともに考えを深めたいと願っています。

 

参考文献:藤田一郎「脳ブームの迷信」(飛鳥新社、2009)

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