やさしい科学技術セミナー

謎の暗黒物質(ダークマター)を探れ!

suzuki

鈴木 洋一郎
東京大学宇宙線研究所付属神岡宇宙素粒子研究施設 施設長

要旨

 科学とは、ラテン語のサイエンティア「知る」を訳したものです。人間が本来持つ「好奇心」と同じような意味です。しかし日本では、科学が高度の技術、あるいは、技術の基礎のように考えられ、科学がどのように役に立つかという面が強く強調されています。実際、科学の研究にお金がかかるようになると、「好奇心」だけでは、説明がたたないのも事実でしょう。
  そこで、科学者は、科学は短期的ではなく長期的にみれば役になっているのだなどと、「半導体技術の基礎は量子力学」であり、「GPSには一般相対性理論が使われている」という例をあげながら言い訳をするわけです。しかし、このような説明をしなくても、科学が本来の意味で受け入れられるような社会こそ、ゆとりのある健全な社会ではないでしょうか。そして、科学で得た知識は、体系的に整理され、人類「共通の叡智」として蓄積されてゆきます。
  宇宙には、我々が知っている原子/分子などの通常の物質の5~6倍も「暗黒物質(ダークマター)」が存在することが、ここ数十年の間に、様々な観測結果により分かってきました。ダークマターは宇宙の開闢時にできたと考えられ、もし、ダークマターが存在しなければ、実は、星も銀河もできなかったであろうとされています。従って、我々人間も存在していません。しかし、ダークマターが何かということは、実は全く分かっていません。そんな、ダークマターの正体を解き明かそうと、我々は神岡の地下で新たな実験を開始しました。
  ダークマターは、質量が、水素の原子核の100倍から1000倍位の、まだ見つかっていない新しいタイプの素粒子ではないかという考えがあります。ダークマターが新しいタイプの素粒子だとすると、実は地球上に作る実験装置で観測が可能になります。もし、ダークマターの質量が水素の原子核の100倍と仮定すると、1立方メートルあたり3000個ぐらいのダークマターが我々の周りに存在し、それらが、秒速260kmで飛んでいるとされています。
  我々の実験装置は、キセノンガスを低温に冷やして液体にしたものを用います。液体キセノンにダークマターが衝突すると光を発します。その光をとらえることで、ダークマターの証拠をつかみます。キセノンは、重さが水素の原子核の130倍程度で、ほぼダークマターと同じ質量と考えられ、検出効率が高くなります。
  しかし、ダークマターの検出は容易ではありません。我々の検出器は、ダークマターが検出器と40日に1回反応を起こしたとしても捕まえられるようにデザインにします。これは、非常にまれな現象であり、このまれな信号を捕まえるためには、雑音を極限にまで落とさなくてはなりません。我々の雑音は、検出器の周りから飛び込んでくる、ガンマ線や中性子です。また、検出器そのものに含まれる放射線不純物からも雑音の元が発生します。したがって、それらを極力取り除く努力をしなくてはなりません。
  地上では、宇宙線という高エネルギーの粒子が、雨のように降り注いでいるため、検出器は地下に設置されます。また、岩盤などからのガンマ線や中性子を防ぐ為に、検出器は直径10メートル、高さ10メートルの水槽に入れられます。検出器の材料は、放射線不純物を含まないものを選択し、キセノンは蒸留してきれいにします。その結果、雑音のレベルを10日に1回程度になるまで下げることが可能になります。これにより、これまでに世界で得られている感度の50倍の感度を達成する事ができます。
  今日は、この新しいダークマター探索実験のことを中心に話をします。ダークマターの研究が、どれだけ役に立つかはわかりませんが、我々の宇宙と素粒子の理解を深めてくれることは確かです。

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