やさしい科学技術セミナー

食品の安全と消費者の不安

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唐木 英明
日本学術会議 副会長

骨子

1 日本の食品は安全:心配は微生物による食中毒だけ

2 ヒューリスティクによる判断:人間は誤解する動物

3 特に多い食品の誤解:化学物質、こんにゃくゼリー、BSE

4 それではどうするのか?:安心=安全+信頼

要旨

1 日本の食品は安全:心配は微生物による食中毒だけ
  日本の食品の安全性はきわめて高く、食品添加物や残留農薬による健康への悪影響は出ていない。しかし、ただ一つの例外がある。それが食中毒だ。戦後間もないころには年間数百人もの人が食中毒で亡くなっていた。食料が不足して、質より量が優先された時代の悲劇だった。その後、高度経済成長の中で生活が豊かになるとともに、食中毒による死亡者数は大幅に減って、この何年か死者は出ていない。ところが食中毒患者の数は毎年3万人前後でほとんど変わらない。しかも、この数は届け出があったものだけで、実際にはその100倍もの患者がいると予測されている。患者数が多いにもかかわらず死者の数が少ないのは医療の発達のおかげだ。しかし、それにも限度があり、相変わらず死者が出ている食中毒もあり、今年は腸管出血性大腸菌ですでに4人が死亡している。食中毒は依然として食の安全上最大の問題である。
 
2 ヒューリスティクによる判断:人間は誤解する動物
  人間の判断は「ヒューリスティク」と呼ばれる直感的な方法を使う。危険を逃れるために判断は瞬間的に行う必要があり、そのために、これまでの知識と経験を総動員する。そして、生命にかかわるような危険情報や利益情報は絶対に無視しないが、安全情報は無視する。また、信頼する人の判断はそのまま受け入れる。このような特徴がリスクの判断を安全側に偏らせて自身の安全が保たれる。しかし、自分に利益があるときには危険情報を無視することもある。たとえば自動車の運転、喫煙、サプリメントの多用などだ。こうした人間の判断の特徴が多くの誤解を生む。

 

3 特に多い食品の誤解:化学物質、こんにゃくゼリー、BSE
  アンケートでは残留農薬や添加物について多くの回答者が「不安」と答える。しかし、もし80%、90%の人たちが残留農薬や添加物を本当に不安に思っているのなら、当然、大多数の人が無添加、無農薬を買うはずである。ところが不思議なことに、無添加、無農薬食品を買う人は少い。販売量が少なく値段が高いという理由だけではなく、「危険」という情報がそれほど深刻に受け止められていないためであろう。にもかかわらず、アンケートに「不安」と答える理由は、残留農薬や添加物の「恐ろしさ」を訴える記事や番組が氾濫していて、そこから得た知識をそのままアンケートに記載したと推測される。「安全」という情報に比べて、「危険」という情報のほうがずっと心に残りやすく、メディアには危険情報しか流されないためである。
  残留農薬や添加物を使用しない天然、自然の食品こそ安全という主張もある。しかし、野菜や果物自身が多量の化学物質を含んでいて、その中には発がん性のものも多い。そんな化学物質を我々は毎日1.5gも食べているが、添加物や残留農薬はその1万分の1の量しか食べていないことはほとんど知られていない。また、中国食品が危険と信じている人も多いが、厚労省の調査では、国産食品と中国からの輸入食品の安全性には違いがないこともほとんど知られていない。
  「残留農薬基準の何十倍の違反」といった記事も多いが、その基準には2種類あり、正式の基準が決まっていないものは暫定的に0.01ppmというきわめて厳しい一律基準を設定しているために、健康にまったく被害が出ないようなわずかな違反も一律基準違反になってしまうことは正しく報道されていない。

 

4 それではどうするのか?:安心=安全+信頼
  日本の食品の安全性はきわめて高いにもかかわらず、無用な心配があることは不幸な状況といえる。食品の安全に関するメディア関係者の理解を促進すること、非科学的な情報に適切に対応すること、消費者と事業者の本音の対話の場を設定すること、そしてリスク管理を行う行政と事業者が消費者の信頼を得ることが何より重要である。

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