Japan Prize Laureates

Laureates of the Japan Prize

1985 Japan Prize受賞者

  • 授賞対象分野
    バイオテクノロジー
  • 授賞業績
    固定化酵素の基礎理論と実地応用面の発展に対する貢献

【業績解説文】

業績画像
E・カチャルスキー・カツィール博士

E・カチャルスキー・カツィール博士

テルアビブ大学教授
ワイズマン科学研究所教授

  • 国籍:イスラエル
  • 生年月日:1916年

授賞理由

 バイオテクノロジーは、生物のもつ優れた機能を利用する科学技術の一つである。バイオテクノロジーは特に1980年代に入ってから爆発的といってよい進歩発展を遂げ、きわめて広い領域で応用されるようになったばかりでなく、基礎科学自身の進歩にもはかり知れないくらい大きく寄与してきた。具体的には生物のもつ触媒といってよい「酵素」や微生物、動植物の細胞を用いて、さまざまの生理活性物質、例えばホルモン、アミノ酸、免疫制御物質などを大量かつ純粋な物質として生産したり、人類の日常生活に欠くことのできない種々の食品の生産や、環境汚染物質の除去などに広く使われ、その応用範囲は今後もさらに広い分野に拡大されようとしている。

 近年におけるこのような目ざましい進歩と発展をもたらした引き金となり、推進力となったものには、革新的といってよいほど独創的で全く新しい技術の相次ぐ発見に基づくといってよいだろう。例えば、本日の受賞者カチャルスキー教授による「酵素を固定化」する方法や、遺伝子の化学的担い手であるDNAとよばれる核酸を他の生物のDNAへ組みかえる方法、あるいは2つの異なった細胞を融合させる細胞融合性などの画期的方法の発見とその応用である。

 カチャルスキー教授は元来物理化学を専攻したが、バイオテクノロジーの一つの大きな柱である固定された酵素(固定化酵素)や固定化された微生物や動植物の細胞を用いるバイオリアクターやバイオアナライザー(生物やその成分、例えば酵素などを用いて化学反応を行わせ生産物をつくり出すことや、生体成分を分析する方法)の発見と開発に道を開いた歴史的先駆者であり、いまもなおイスラエルのワイズマン研究所の教授の地位にあって活躍している。

 酵素は生物が生命を維持するために欠くことのできない生体触媒であるが、蛋白質からできているため、水溶性で、不安定であるという性質を持っている。固定化酵素はこのような酵素のもつすぐれた触媒としての活性を保ったまま安定で水に不溶な形として実用的な目的に応用しようというねらいから見出されたものである。

 カチャルスキー教授はすでに1960年の初めに酵素を、例えば合成樹脂のような不溶性の担体に、酵素の持つ触媒活性を失わせないで固定化することのできる理論的根拠を明らかにしている。

 さらに同教授とその共同研究者は、担体の物理的および化学的性質―荷電分布、親水性と疎水性、格子構造や立体構造など―が酵素分子の周辺状態にいかに影響しているかを明らかにし、どのような担体を用いれば、酵素の構造と活性に好ましい影響を与えるかを解析し、固定化酵素に関する理論的根拠を確立したのである。この業績は固定化酵素の実用的利用の基礎となるとともに、適切な担体を選び、あるいは造ることによって、固定化酵素の活性と性能をもとの酵素に比べて改善できる根拠を明らかにし、その後の固定化酵素のめざましい進歩と開発や幅広い応用に道を開いたのである。

 その後固定化酵素の研究は、基礎的なものと応用を目的とするものとが、からみ合って加速度を加えながら著しい進歩を遂げた。

 酵素の固定化の方法としては、大別して次の3つの方法が挙げられる。(1)不溶性の有機高分子、無機物質、複合材料などの担体に酵素を共有統合、イオン統合、物理的吸着などで統合させる担体結合法 (2)酵素を合成高分子や天然高分子のゲルの格子の中や、マイクロカプセルやファイバー(繊維)の中へ閉じこめる包括法 (3)酵素分子どうしを架橋剤でくっつけて不溶性にするという架橋法などで、実に多種多様な酵素が不溶化の研究対象となっている。また微生物菌体や動植物細胞の固定化の対象となってきている。

 カチャルスキー教授は粒状の不溶性担体に結合させた固定化酵素をカラムに装填して、フロー法で連続的に酵素による化学反応を進行させる反応動力学的理論式を提唱し、また世界ではじめて酵素を包括する膜に関する基礎的ならびに実験的研究を行った。

 かくして酵素カラム、酵素膜、酵素チューブ、酵素包含繊維などが開発され実用に供せられるようになってきた。

 このように酵素を固定化することにより、酵素の触媒としての作用を安定化させ、1回の使用後、棄て去るということがなく繰り返し使用することができるようになった。また固定化酵素の性質をよりすぐれたものに改善して、触媒する反応に良好な効果を与えることができる。例えば至適pHを変えたり脂溶性や水に難溶性の基質に対して酵素をはたらかせることができるようになった。そして酵素のもつ特性を生かして、常温で常圧という条件の下に、生体の中でおこっているような特異性の高い化学反応(普通の触媒ではおこり難い)を容易にかつ安定した持続的反応として進めることができる。

 このようにして開発された固定化酵素および固定化細胞は次に述べるように広い領域において応用され、あるいは工業的に利用されている。

 例えば生体を構成する物質の生化学的研究や、患者の血液成分などについて行う臨床化学的検査あるいは食物の成分の分析などに広く使われ多数の試料の分析やその自動化に大きく役立ち、バイオアナライザー、バイオセンサーとして高く評価されている。

 また工業的生産にも広く応用され、天然の光学活性アミノ酸やステロイド化合物、新しい抗生物質、生理活性物質などの生産に、バイオリアクターとして大きな成果をあげている。

 カチャルスキー教授は、理論と実験的証明、その広汎な応用といういずれの面においても、固定化酵素の研究の先駆者であり、その独創性と研究の成果は、この領域で肩をならべる人のないほど優れた研究者であり、その独創的業績は第1回日本国際賞のバイオテクノロジー部門の受賞に値するものである。

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