Japan Prize Laureates

Laureates of the Japan Prize

1986 Japan Prize受賞者

  • 授賞対象分野
    医療技術
  • 授賞業績
    人工臓器及びその関連技術の研究開発

【業績解説文】

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ウィレム・J・コルフ博士

ウィレム・J・コルフ博士

ユタ大学教授、医用生体工学研究所所長

  • 国籍:米国
  • 生年月日:1911年

授賞理由

 近年、臨床医学における診断治療の向上はまことに目覚ましいものがあり、それを支える医療技術の発展は、人類の健康、福祉に対して大きな貢献をもたらしていることは皆様ご存じのとおりである。

 このような革新的医療技術の一つに人工臓器があるのである。病気や災害により人体のある臓器が重症な障害を受け、従来の治療によっては、もはやその機能の回復が不可能になった場合には、当然、死に至るわけだが、近代医学はその臓器の機能を他のもので代替することにより、生命の維持を可能にしたのである。

 その一つの手段が人工臓器であり、他は臓器移植である。ことに人工臓器は人体の臓器の複雑な機能の一部を人工的に代替するもので、現代医療における文字どおりの起死回生の画期的な医療技術と言えるだろう。

 本受賞者のコフル博士は、まさにこの人工臓器の父ともいうべき医学者なのである。コルフ博士は第二次大戦下の1943年、その生国オランダにおいて、セロハンチューブを、木でつくった円筒型支持枠に巻きつけた回転ドラム型人工腎臓装置を開発した。すなわちチューブの中には血液が固まらない薬剤の加えられた血液が通り、外側には透析液、すなわち正常の血液と同じような電解質液が満たされているのである。種々のイオンや分子は溶液の濃度差により、セロファンの半透膜性を利用して受け渡しされ、不用なイオンや有害な分子が流血中から除去される。

 コルフ博士はこの装置により、当時29歳の女性の尿毒症患者の血液透析を行い、世界最初の人工腎臓による腎機能不全の治療の臨床成功をおさめたのである。

 その後アメリカに移住したコルフ博士は、人工腎臓の研究に没頭し、より効果の確実な、より操作の容易な装置の開発に情熱をつぎ込んだ。そしてディスポーザブル型の装置を制作し、人工腎臓の実用普及に大きな業績を残したのである。

 現在、人工腎臓による血液透析治療を受けて生活している人の数は、わが国の中で約6万人、全世界中では25万人以上に達しており、20年以上人工腎臓によって生存している例もまれではない。そして、この中の多数の人たちは立派に社会復帰を果たしているのであるが、もし人工腎臓がなければ、腎臓移植を受けないかぎり、これらの人々の生命を維持することはまったく不可能なのである。

 コルフ博士は、このような人工腎臓という医療技術の開発と臨床応用を行った歴史的先駆者であり、現在もなお人工腎臓をはじめとする人工臓器全般にわたる世界的指導者として活躍されているのである。

 また1955年には、コルフ博士は、血液のガス交換機能を生体の肺に代わって行うポリエチレンフィルム製の膜型人工肺を考案し、その種の人工肺の臨床応用の可能性をはじめて見出した。膜型人工肺は他のタイプの血液酸化装置に比べてより生理的で、生体適合性に優れており、今日心臓手術の際の人工肺として、また肺機能不全を治療するための長期間にわたる血液ガス交換補助装置として普及しつつあるが、その嚆矢はコルフ博士によるものである。

 1957年からはコルフ博士の指導によりアメリカにおいて人工心臓の開発研究が始められた。博士は多くの共同研究者を指導して、人工心臓の材料、設計、駆動機構の開発、動物実験などを行い、人工心臓の臨床化に情熱を傾けられた。現在アメリカでは12例の完全置換型人工心臓臨床応用が実施されているが、これらの人工心臓はコルフ博士の指導による研究開発の流れをくむものである。

 人工心臓はこのほか補助人工心臓として、衰弱した心臓機能を一時的に支える目的にも利用され、今日わが国を含めて世界中で約300人の臨床例に用いられており、強力な心臓の補助効果が確認されている。

 また、これよりも簡便な大動脈内バルーンバンビングという補助循環法があるが、これは1962年にコルフ博士らの研究グループにより考案されたもので、現在、世界中で年間10万例以上の急性心不全患者の救命治療に適用され、大きな治療効果をあげているのである。

 コルフ博士はそのほか人工臓器に用いる抗血栓性高分子をはじめとする医療材料の開発、移植用臓器の保存技術、人工技手、聴覚や視覚を代行する人工臓器等にも関心が深く、その研究開発に関与している。

 また、人工腎臓についても、さらに現在よりも装着式小型装置のように高性能を図って、絶えず患者の生活の質的向上という面にも関心を向けているのである。

 このようにコルフ博士は自ら研究者として多くの人工臓器をつくり、臨床応用に成功を収めて先駆者となると共に、現在においてもこの方面の世界的指導者として多くの研究者に大きい影響を与え、各国の広い範囲に及ぶ人々から文字どおり人工臓器の父として深い尊敬を受けているのである。

 人工臓器は現代医療技術の重要な一分野であり、コルフ博士がこの分野における比肩するもののない第一人者であることは何人も疑わない事実であり、日本国際賞の受賞にふさわしいものと信ずるしだいである。

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