Japan Prize Laureates

Laureates of the Japan Prize

1988 Japan Prize受賞者

  • 授賞対象分野
    予防医学
  • 授賞業績
    天然痘の根絶

【業績解説文】

業績画像
ドナルド・A・ヘンダーソン博士

ドナルド・A・ヘンダーソン博士

ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生学部部長

  • 国籍:米国
  • 生年月日:1928年
蟻田 功博士

蟻田 功博士

国立熊本病院院長

  • 国籍:日本
  • 生年月日:1926年
フランク・フェナー博士

フランク・フェナー博士

オーストラリア国立大学名誉教授

  • 国籍:オーストラリア
  • 生年月日:1914年

授賞理由

 今回の贈賞の対象となった研究テーマは、天然痘の根絶である。

 天然痘の歴史は大変長いものがあって、例えばカイロ博物館に保存されているエジプト王朝ラムズス五世(紀元前1157年死亡)のミイラには天然痘の特徴がある膿疱のあとが残っており、同じ時代の他のミイラにも同様の瘢痕のあることから、今から約3千年前に天然痘の流行がすでにあったと推測されている。

 18世紀のはじめ、エドワード・ジェンナーによる種痘法の発見は、天然痘の予防にあたっての正に画期的な発見であった。しかし種痘法によってもその世界的な流行を容易におさえることはできなかったのである。

 このように、確認されている限りでも少なくとも3千年以上にわたって人類を苦しめ、そして最近まで、例えば約20年前においてすら世界の31カ国、12億の人々の間に流行し、年間1,500万ないし2,000万人の患者、そして200万人の死亡者を出していた天然痘(痘そう)も、1977年10月にソマリアに発生した患者を最後として、その流行が完全に途絶えた。これは人類の歴史に残る快挙であって、それを成し遂げられたのがヘンダーソン、蟻田、フェナーの3氏である。

 1957年のWHO総会で天然痘の根絶計画が提案され、総会はこれを可決した。しかし、その後実際には、その計画の進展ははかばかしくなかったのが実情である。

 1966年、再び天然痘根絶強化対策が打ち出され、そして、広く種痘を普及することを目標としたが、その実行は決して再び容易ではなかった。その理由にはいくつかあるときいているが、例えば、種痘の普及のためには、力価の高いワクチンが必要である上に、常在流行地が主として熱帯地方であることから、耐熱性であることを条件とした。しかし、根絶計画開始時の1967年には、力価と耐熱性に関して、ともに合格するほどのワクチンはほぼ30%程度であったと言われている。

 また、根絶計画を達成するためには、疾病サーベイランス、すなわち天然痘についてその発生状況を地域的、時間的に正確に把握し、その情報を対策従事者に的確に伝達することが必要である。しかしこれも実際にはなかなか容易なことではなかった。

 このような背景の下にあって、蟻田博士は天然痘根絶対策を強力に、かつ徹底的に実施する上で必要不可欠な基礎知識の確立を目指し、この疾病伝播の疫学分析、自然宿主動物の調査等の学術的研究を行い、かつワクチンの品質向上、管理に関する研究、技術上の完成を遂行した。一方ヘンダーソン博士は予防医学の実際面において必要不可欠とされる、常在流行国のプログラム開発及び従事者の教育訓練に力を注いだ。1970年以降、両氏は分担して南アメリカ、アジア、アフリカの国々を頻繁に訪問し、天然痘根絶対策に従事する人々を指導するとともに、対策の実行にあたってそれぞれの国に絶え間なく起る技術的・社会的あるいは政治的といった諸問題の解決にあたられたのである。

 フェナー博士は元来ウイルス学者であり、その研究業績は発表論文、著書等により広く国際的にも知られているが、今回の天然痘根絶計画にあたっては常にその評価を研究の一環として行い、計画そのものの徹底を導いたのである。

 かくして天然痘の根絶対策は急速に進展して、ヘンダーソン博士の当初の目的が実って1975年にはアジアでの最後の患者を記録した。さらに蟻田博士はアフリカの東北域で世界最後の根絶計画を指揮、監督した。この間、従来の全住民一斉の集団種痘方式には効果なく、むしろごく限定された発生地域に集中して種痘を行う方式を考案、これによって流行のいわゆる「封じ込め」に成功されたわけである。その結果1977年10月26日に、ソマリアで発生した患者を最後に天然痘自然伝播の歴史に終止符が打たれたわけである。蟻田博士はその後もなお、地球規模の天然痘サーベイランスの指揮にあたり、危険地域79か国の根絶確認作業の陣頭に立った。このサーベイランス並びに根絶後看視計画におけるフェナー博士の貢献は大きいものがある。そして、このような予防医学上の業績は社会的にも大きな影響を与えるために、慎重に、さらに、その後10年間の観察期間をおき1987年に至って、天然痘の根絶が真に確認されたのである。

 すなわち、この業績は、人類に寄生することによって存在し続けたウイルスを、この地上から消滅させることができるということを初めて証明した壮大な地球規模の実験である。ウイルス学における大きな仕事と言えると考えている。またこの成果は、天然痘というひとつの伝染病の撲滅に終わったのでなく、他のさまざまなウイルス性疾患や新たな伝染病に対して、地球規模での対策を立てる新しい方法論を与えた。また、ここで用いられたワクシニアウイルスに、他の病原微生物の防御抗原の遺伝子を組み込み、従来対処できなかった伝染病を防御するという未来の予防医学への入り口を開いたものである。

 以上簡単にご説明申し上げたが、このような次第が贈賞の理由である。

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