Japan Prize Laureates

Laureates of the Japan Prize

1989 Japan Prize受賞者

  • 授賞対象分野
    医薬科学
  • 授賞業績
    プロスタグランジン及び関連体の合成開拓とその医薬創製への寄与

【業績解説文】

業績画像
E・J・コーリー博士

E・J・コーリー博士

ハーバード大学教授

  • 国籍:米国
  • 生年月日:1928年

授賞理由

 コーリー博士は、1948年マサチューセッツ工科大学化学部を卒業、続いて大学院に進み、博士号を1950年に取得後、直ちにその才能を認められてイリノイ大学化学部の講師になり、1956年に27歳の若さで教授となった。その後ハーバード大学から招聘され、1959年から同大学教授となり、1965年からはSheldon Emery Professorとなり、現在に至っている。

 コーリー博士の学問的興味は、ほとんど有機化学全般に及ぶ壮大なもので、この40年間に成し遂げた研究成果は660以上の学術文献に報告されている。すなわち、生物活性天然物の構造決定と全合成、理論有機化学、有機金属化学、錯体化学、酵素化学、不斉合成、コンピュータを用いる複雑な合成問題の解析など、実に多岐にわたっている。

 特に生物活性天然物の全合成研究で示した新合成戦略・合成新方法論の開拓は、標的分子に基づいて設計された独創性溢れるものである。これらは、単なる新反応や有用な試薬の発見を行ったというだけでなく、世界の有機化学者や薬化学者に絶えずインパクトを与えてきたものである。

 コーリー博士の受賞の対象となった業績の中で最も直接的なものは、プロスタグランジン類、すなわち、プロスタグランジン・トロンボキサン・プロスタサイクリン・ロイコトリエン等いわゆるアラキドン酸カスケードの主要成分の合成に関するかくかくたる業績である。これらのプロスタグランジン類の研究は、1935年にスウェーデンKarolinska研究所のvon Euler博士が、これより先ニューヨークの婦人科医Kurzrok博士等によって認められたヒトの精液中に存在して子宮を収縮、又は弛緩させる物質が、ヒツジの前立腺(実際には精囊)に存在していることを発見したことに始まる。その後第二次大戦をはさんで15年間の空白期間があるが、1950年代に同じKarolinska研究所のBergstrom, Samuelsson両博士によってプロスタグランジンE1及びFiαが純粋に単離され、新しいクロマトグラフ分離精製法と各種スペクトル分析構造決定法の進歩によって、1962年にその化学構造が決定された。また、これらの生体物質(eicosanoidともいう)がりん脂質から高度不飽和脂肪酸に属するアラキドン酸の遊離に端を発する一連の段階的代謝過程によって生成される生化学的機構についても次第に明らかにされ、今日では、種々の生体内器官組織で生産されていることが明らかになり、数十種のアラキドン酸代謝物質の構造が決定されるに至っている。一つの源から種々の代謝産物が階段状の分岐した滝のように広がって生成される様子から、これらをアラキドン酸カスケードと総称しているが、それらの物質の生体内生成は極めて微量であり(例えば、一人の体の中でのすべてのプロスタグランジン類の生成量は1日僅か約1mgに過ぎない。)、かつ、その活性物質の寿命は極めて短い(30秒~5分)ことが知られている。

 さらに、1970年代、英国のVane博士は、アスピリン及び非ステロイド系抗炎症剤がプロスタグランジンの生体内生合成経路の一部を阻害することを見出し、また、血管内皮細胞からPGI2を発見した。これらプロスタグランジン類(PG)の生物活性については、例えば、PGE1は血管拡張作用があって末梢動脈閉塞症(バージャー病)に有効であり、PGE2には血管拡張作用のほかに陣痛促進や胃粘膜細胞保護による抗潰瘍作用、PGI2には血小板凝集抑制作用や血圧降下作用、PGD2には睡眠誘導作用、PGJ2には抗腫瘍作用等が認められている。なお一方、トロンボキサンA2の血小板凝集作用、ロイコトリエン類の起炎作用等の生体反応も知られている。これらの業績によって、Bergstrom, Samuelsson, Vaneの3博士に1982年度ノーベル医学生理学賞が授与された。

 超微量にしか得られないこれらのプロスタグランジン類の生物学的特性をさらに明らかにし、医薬品としての利用の道を開くためには、化学的合成による大量の供給が緊急に要望されるに至った。

 コーリー博士は、自己の有機合成の総力を挙げてこの問題に取り組み、1968年に初めて天然型光学活性体を純粋に合成した。次いで、合成法は改良され、初めて安定的なサンプルの供給を可能にし、薬理学者及び生化学者によるPG群の生物活性発現機構解明に決定的な寄与を果した。

 現在までに、これらの物質群の合成法に関しては全世界の合成化学者により検討され、発表(1,000報以上)されているが、コーリー博士の合成法は、①効率のよさ、②汎用性(コーリーラクトンと呼ばれている共通の中間体から種々のPG類が誘導される)、及び③その経済性(高度に立体選択的合成方法で副生成物を与えない。例えばPGF2αの場合、128個の立体異性体を与える可能性の中から唯一個の目標化合物を生成させ得る。)において、今でも他の合成方法の追随を許さないものがある。

 現在、PG類は世界の十数社で生産されているが、その100%近くがコーリー合成法を応用していると考えられる。このことはコーリー博士の合成法の卓越性を如実に示し、その業績の偉大さが伺える。1977年には、ロイコトリエンA4なる不安定な物質の構造を初めて推定し、1979年には合成によりこれがロイコトリエン類の直接の前駆物質であることを確証した。その後、コーリー博士の合成研究が中心となって、今日のアラキドン酸カスケードの科学が確立された。

 以上述べたコーリー博士のPG類合成に関する業績は、医薬科学において樹立された輝かしい金字塔の一つである。

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