Japan Prize Laureates

Laureates of the Japan Prize

1993 Japan Prize受賞者

  • 授賞対象分野
    医学における細胞・分子生物技術
  • 授賞業績
    ポリメラーゼチェイン反応(Polymerase Chain Reaction PCR)の開発

【業績解説文】

業績画像
キャリィ・B・マリス博士

キャリィ・B・マリス博士

アトミック・タッグス社創立者・研究担当副社長

  • 国籍:米国
  • 生年月日:1944年

授賞理由

 マリス博士の開発したポリメラーゼチェイン反応(Polymerase Chain Reaction PCR)はその開発以来、分子生物学、医学、また、これらに関連した様々な分野に革命的変革をもたらしてきている。遺伝子解析における最大の問題点は、標的DNA領域がゲノム全体からみるとあまりにも小さいことである。哺乳動物は約10万個の遺伝子を持つと考えられているが、このうちの一遺伝子の動向を理解するためには、遺伝子のクローン化、クローン化したDNAの塩基配列の決定、これらを可能にするための様々な技術の利用など時間的にまた労力的に莫大な努力が必要であった。PCR技術はクローニング技術にたよることなしに、直接ゲノムDNAの解析を可能にすることにより、このような状況を一変してしまったのである。PCRは小量のゲノムDNAから、特定のDNA塩基配列を大量に増幅する技術である。二本鎖DNAを加熱することにより一本鎖とし、得られた各一本鎖DNAに化学合成したデオキシオリゴヌクレオチドをハイブリッド結合させる。熱耐性DNAポリメラーゼの存在でDNAを鋳型としたオリゴヌクレオチドプライマーの鎖の伸長が起こる。この加熱、ハイブリッド結合、プライマー鎖の伸長の過程を繰り返すごとに、DNAコピーが二倍に増えてゆき、30サイクルほどの反応を繰り返すと、二つのプライマーに挟まれた領域のDNA断片が大量に得られる。

 PCR技術は、最初にゲノムDNAからβ-グロビン遺伝子の塩基配列を増幅し、制限酵素による切断の有無で鎌状赤血球貧血の診断に応用された。これからもわかるように、PCR技術の医学における波及効果は絶大である。たとえば、遺伝病やがんの原因遺伝子の同定やこれら疾病の診断を可能とし、マイコバクテリアやHIVなど病因となりうる微生物やウイルスあるいは、白血病における残存がん細胞の検出やHLA型の迅速で高感度な検出を可能にするなど計り知れないものがある。この技術は、また進化の研究などにも応用され、例えば、様々な人種のDNA解析からヒトの起源にさかのぼる系統樹の作成を可能にしたり、絶滅した動物の化石や博物館の標本などからのDNAの塩基配列決定を可能にしている。このように極く微量のしかもかなり短くなったDNAも解析可能なことから、犯罪捜査における証拠の提供といった利用もされている。

 マリス博士は1966年ジョージア工科大学を卒業後、1972年カリフォルニア大学バークレイ校において生化学の分野での研究で学位を取得している。カンサス大学医学部、カリフォルニア大学サンフランシスコ校でポストドクトラルフェローとして医学生化学の研究に従事した後、1979年、シータス社に移り、そこでPCR技術を開発した。1986年、ジトロニクス社の分子生物学部門の長として転出したが、現在は、アトミック・タッグズ社創立者・研究担当副社長である。

 以上のようにポリメラーゼチェイン反応(PCR)の開発に貢献したマリス博士の功績は「医学における細胞・分子生物技術」の分野において、遺伝子解析技術に革新的な進歩をもたらしたものであり、本年度の日本国際賞を受けるのにふさわしいものである。

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