財団法人濱野生命科学研究財団小川脳機能研究所 所長
小川誠二博士は、ヒトの体の生理的活動を非侵襲な視覚化技術にて測定する基本原理を発見し、広範な生命科学研究ならびに臨床医学応用への基礎を築いた。特に磁気共鳴画像法(Magnetic Resonance Imaging,MRI)において、生理現象によって生じる信号変化を視覚化するBOLD(Blood Oxygenation Level Dependent)法の原理を確立した功績は大きく、ヒトの脳機能解析・臨床診断への道を拓いた。
医学・医療の過去半世紀における飛躍的進歩のひとつは、視覚化技術・画像診断技術の開発によってもたらされた。これにより、生体臓器の正常な活動や病変によって生じた現象を眼で見ることが可能になったのである。X線CTによって生体の形態的特徴を計測する構造画像法が始まったが、ヒトのからだの生理的活動を画像化する方法、特に被験者に対してほとんど完全に無害な方法は、生体からの磁気共鳴信号中に含まれる生理活動依存的信号成分の画像化によってはじめて可能になった。今日BOLD信号と呼ばれているこの画像コントラストの原理は、1990年に、Bell研究所研究員であった小川誠二博士によって発見された。
小川博士は、血液中のヘモグロビンが酸素との結合度によって磁気特性が変化することに着目し、生体の活動領域で血流が増加する際のデオキシヘモグロビンの相対的濃度低下をMR画像コントラストとして捕らえることが可能であることをラット実験で示し、この活動依存成分をBOLD信号と命名した。更に、BOLD信号によってヒトの脳活動の非侵襲的測定が実際に可能になることを、光刺激に対する大脳視覚野の神経反応を計測することによって実証した。
このBOLD信号コントラストを用いた医用画像技術は、今日、磁気共鳴機能画像法(functional Magnetic Resonance Imaging, fMRI)と呼ばれて、ヒトの高次認知機能解明をめざす脳科学や心理学において正常被験者の脳活動計測の主要技術となっているのみならず、外科領域における術前診断、神経内科、精神科領域における診断、病態解明など広範な医療分野に応用されつつある。ヒトの精神活動の解明、精神疾患の予防、診断、治療は今後の人類社会に課された大きな課題であり、fMRI法の開発は人類の福祉への偉大な学術的貢献をなすものである。
医用画像技術分野における画期的なブレークスルーを提供し、余人をもって替えがたい業績を挙げてきた小川誠二博士に本賞を授与することは、誠にふさわしい。
なお、小川博士の業績はすでに世界的に広く認知されており、国際的にも数々の賞を受賞している。