シカゴ大学 ブラム・リース特別教授
オレゴン健康科学大学 教授、ナイトがん研究所長
ブループリントメディスン社 創立者、取締役
慢性骨髄性白血病(chronic myelogenous leukemia: CML)は造血幹細胞ががん化し、白血球が無限に増殖する疾患である。分子標的治療薬・イマチニブが開発される以前は、数年のうちに急性転化による難治性の急性白血病に移行し、死に至る不治の病として恐れられていた。
ラウリー博士は、新しく開発された染色体分析法により、さまざまな白血病患者の染色体を解析した結果1973年、CML患者ほぼ全例の白血球で9番染色体と22番染色体が組換えを起こしていることを発見した。t(9;22)転座と呼ばれるこの染色体組換えにより、9番染色体上のAbl 遺伝子と22番染色体上のBcr遺伝子が融合し、その結果産生されるBCR-ABLキナーゼがCMLを起こす原因であることが1980年代に証明された。
こうした学術的知見をもとにライドン博士の研究グループは1980年代中頃から、CML細胞が持つBCR-ABLキナーゼを標的にしたCML治療薬の開発に着手した。ライドン博士らは、ドラッカー博士が作製した抗リン酸化チロシン抗体などを用いて、合成した多数の低分子化合物について薬剤候補物質としての評価試験を進めた。1993年、この研究結果をもとにライドン博士は、Bcr-Abl遺伝子による細胞のがん化機構を提唱していたドラッカー博士と共同研究を開始し、試験管内及び細胞レベルでCML細胞に対して非常に強力な細胞傷害性を発揮する低分子化合物を発見した。イマチニブと命名されたこの化合物は、その後のドラッカー博士の主導した臨床試験によって、90%以上の患者で白血病細胞を検出不可能なレベルまで減少させ、完全な社会復帰を可能にするという劇的な効果を示し、臨床医学の世界に大きな衝撃を与えた。
従来のがん治療薬は、殺細胞効果を基本としたものであった。ラウリー博士は、精密な染色体分析により、CMLを含む種々の白血病に特徴的な染色体組換えを発見することで、疾患特異的な融合型がん特異分子を同定する道を開拓した。ドラッカー、ライドン両博士はそのがん特異分子を標的とした治療薬を開発し、CMLの治療を一変させた。最近、一部の固形がんにおいても、染色体組換えによる融合型がん遺伝子が病因である例が報告されており、イマチニブ開発で用いられた分子標的アプローチは、今後のがん治療薬開発に大きな勇気を与えると共に、そのモデルとして医療技術分野に多大の貢献をした。
このように融合型遺伝子を持つ悪性腫瘍に対する画期的治療薬開発に重要な役割を果たしたラウリー、ドラッカー、ライドンの3博士は、「健康、医療技術」分野への貢献を称える2012年日本国際賞にふさわしいと考える。