スタンフォード大学ウッズ環境研究所 所長
生物は本質的に多様であり、環境変化に対する生物の応答は、種や生育環境ごとに異なる。クリストファー・フィールド博士は、個葉レベルの現地観測に基づき、光合成過程や植物成長など植物生理や群落構造の理論的研究を進め、光や窒素などの資源の最適利用が生存戦略に重要であるという考え方を導入して生物の複雑な環境応答を定式化した。この考え方は、Big-leaf model(植物生態系を一枚の仮想的な葉とみなした光合成生産量や蒸散の基礎式)を発展させ、その後の陸域モデルの標準形となった。
フィールド博士は、生きた個葉の光合成速度や蒸散量などを測定可能とする装置を開発し、現在も続く野外調査のデータの積み重ねによって、葉での光合成速度が、気温や光環境のみならず大気中のCO2濃度や植物の窒素濃度分布にどのように依存するのかを明らかにした。植物群集の構造と生産力最適化の関係を結び付けたこの知見は、様々な環境条件に依存する光合成速度ならびに水利用効率の定式化に応用され、窒素肥料の利用効率向上に向けた農業分野の取組にも貢献するとともに、多様な気候条件下で植生がどの程度CO2を吸収あるいは放出するかの推計を可能にした。また、アメリカ航空宇宙局(NASA)などの衛星からの地球観測研究者との協働によって、海陸両方を合わせた生物圏による純生産量のグローバルな分布を世界で初めて推計すると共に、陸上生態系による正味炭素吸収量の大きな年々変動の様子、そして大気中のCO2濃度の増加要因の特定に世界で初めて成功した。
さらに、フィールド博士の定式化は大気大循環モデル(GCM、気候モデル)の陸面過程に導入され、CO2濃度の増大に伴う光合成効率の向上と植生の成長増大なども考慮した炭素循環を含む将来の気候変動予測を可能とした。その結果、人為的な二酸化炭素排出量の削減が国際的な関心となる中で、植林や海洋生態系のCO2吸収量増大に向けた施策が地球温暖化の進行をどの程度緩和できるのかが初めて定量的に推計可能となった。2020年に始動した温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定もフィールド博士が先導した温暖化研究の蓄積の上に構築されており、気候変動研究と対応策の立案に果たした役割は特筆に値する。
このように、実験と野外調査、衛星観測と気候モデルを融合してフィールド博士が発展させてきたグローバルな生物圏の生産力に関する研究成果なしには、今日の気候変動対策についての科学的根拠に基づく国際的な政策議論は不可能であり、クリストファー・フィールド博士の功績は、「生物生産、生態・環境」分野における貢献を称える2022年日本国際賞にふさわしいと考える。